写真: 江戸村のとくぞう / CC BY-SA 4.0富士吉田 · 山梨県
富士山は、いつから登る山になったのか
御師の家から、登山口の鳥居まで。
ざっくり言うと
- 古代
噴火を繰り返す富士山は、鎮めるために遠くから拝む山だった。登ることは考えられていなかった。
- 室町〜江戸
修行者に続いて庶民が登り始め、「富士講」という参詣の集まりが江戸を中心に各地へ広がった。
- 江戸
講の人々は吉田の「御師(おし)」の家に泊まり、祈祷を受けてから登った。最盛期には八十軒を超えた。
- 2013年
吉田口の登山道と御師の家を含めて、富士山が世界文化遺産に登録された。
主に巡る場所
- 1本町通り通りの正面に富士山が見える、看板建築の並ぶ商店街
- 2御師 旧外川家住宅富士講の参拝者を泊め、世話をした御師の家。1768年築の離座敷が残る

- 3北口本宮冨士浅間神社杉木立の参道の奥にある社。ここが吉田口登山道の起点

- 4ふじさんミュージアム富士講の道具と、登拝の歴史を集めた博物館

- 5新倉山浅間公園(忠霊塔)398段の階段の上。五重塔と桜と富士山が一枚に収まる

写真: Wikimedia Commons(CC0 / パブリックドメイン / CC BY / CC BY-SA)。撮影者とライセンスは出典一覧に記載しています。
この旅で食べるもの
- 吉田のうどん噛みごたえの強い太麺。参詣客と機織りの町の昼めし。
- ほうとう山梨の煮込み。冷えた体を温める。
「信仰の山」が「登る山」へ変わるのに何が必要だったのかを、具体的な建物で説明できるようになる。
書かなくても構いません。AIが合理的な仮定を置いて、まず旅を提案します。